年末モード
やれやれ、もう一回やれやれ。とりあえず今年の予定は終了した感。26日でもう年末か。その昔は31日まで出社していた。保険会社だったので、銀行がやっている間は、ということで店を開けいている感じだったが、事故係でもなければ大した仕事が無いので、昼で終わって蕎麦でも食べて帰った。古き(良き?)時代。
製造業などは盆暮れの休みと言って、結構休みが長かった。今はどうだろう。
さて本日の私の最後の仕事は、展示会のかたずけだった。先週からこんなのをやっていました。
ハルビンにあった731部隊のことを告発する活動をやっている人が、原爆とそれに続いてビキニ沖で米国が派手に水爆実験をやって、第5福竜丸の被ばく事件が起きたことまで資料を集めて展示会とした。
原爆と731部隊とは直接関係ないように思えるが、チラシの「医学者の責任を問う」という点でつながっている。日本人のやってきたことは、これでいいのかということだ。
私もまず展示作業に加わった。
期間中は半日を会場係として参加したが、こんな見学者が来た。
近くの保育園の園児たちが保育士さん二人に連れられて。これ見てわかるかなあ、わかんないだろうなあ、と思ったが、原爆被害者の当時の悲惨な写真や絵もあるので、戦争が酷いものだという印象を持つ子もいたかもしれない。保育士さんたちも大変だな。
展示の横で、関連の動画を映していた。かつてのNKHのドキュメントを録画してあるものだ。受付のところに座りながら、後ろのフィルムを見ていたら、帝銀事件まで出てきた。どういうことか、順を追って要約しよう。
731部隊の中心人物である石井四郎は、戦争末期、ソ連の参戦時に731部隊の存在が分からないように設備を破壊していち早く日本に戻った。が舞台での人体実験の研究結果の資料を極秘に持ち帰った。それが米国に提供する代わりに731部隊の医師たちを戦犯から免れるための取引となった。
そして敗戦後3年、銀行員を毒殺した強盗事件が起きる。操作の結果、平沢貞通という人が犯人とされ、これは冤罪かどうか不明のまま平沢氏は獄中死した。事件が起きた当時、「こうした手口ができるのは731部隊の人間だ」と石井はつぶやいたということまでフィルムで言っていた。実際、その後の調べで731部隊の中佐だったSが新犯人だろうと捜査二課の刑事は調べがついていた。が、その操作が中断したのはGHQの指令によるものだった。731部隊の資料があることがソ連に知れることを防止しようと言うことだった。
ひどい話だ。冤罪は他にもある。
次に原爆のこと。そもそも原爆を落とされるまで降伏をしないでいた軍と天皇の責任は免れないところだが、原爆投下後に日本の医師団が調査に現地入りした。しかし、医師団の目的は調査であって、被爆者の治療ではなかった。これも酷い話。医師たちは
調査資料を米国に提供して自らの立場を保持するのが目的だった。
さらに元731部隊の医師はミドリ十字という製薬会社を作るが、この会社が薬害エイズを引き起こした非加熱製剤を米国から輸入して販売した。このために多くの被害者が出た。
もう一つ。ビキニ沖の米国の水爆実験で、被ばくしたのは第5福竜丸だけではなかった。他にも何せきも漁船が被ばくしている。その犠牲者には補償がされないままでいる。米国は水爆の被害を認めたものの、見舞金を出しただけで補償にはなっていないまま、日本はそれで終わらせてしまった。
日本って、そういう国なんだよな。
展示会のかたずけを終わって帰宅してから年賀状を仕上げた。来年用はこれ。
来年は兎年で、自分は年男。二胡の先生によれば中国では還暦だけでなく年男にあたる人は赤い服を着るそう。二胡の新年会は赤ジャケットで行こうかな。
家内が作った版画の兎の顔が怒っているように見える。日本の酷い政治に怒っているかのよう。