天天日記

中国好きのまっちゃんで、書いていたはてなダイアリーを引き継いでいます。

外出色々

 昨日は誰かさんの影響を受けて、運動不足解消に思い切って散歩に出た。暑い中なので、前日220円でダイソーで買った麦わら帽子風の紙プラ帽子を被って行った。以前よくジョグで行った城山湖まで行けたらいいが、体力の問題とトイレの問題と暑さの問題があるので、どこまで行けるか。半分の大戸神社までは行きたいと、たどり着いた。

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 久々に見る鐘撞堂。一度この鐘を鳴らしてみたい気になる。鳴ってるところを聞くだけでもいい。それならそういうタイミングの時に来てみるか。

 やはり久々の城山コースは今日はここまでとして引き返す。戻りかけで政党のポスターが三枚あるのに気づく。別々の党が並んでいるのは珍しいように思える。共産党立憲民主党自民党

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 自民党のポスターはハートマークに字だけのものだったが、汚らわしいので写真も撮らなかった。家に近い方にはハジムダとガースの写真入りがある。せっかくの散歩中に気分が悪くなる。以前はガースのところがアベピョンだった。選挙後にこれらのポスターはどうなるかが楽しみ。

 しかし暑い中の散歩は堪えた。帰宅後に昼寝を余儀なくされた。

 

 今日は、日中友好協会の東京都連合会の第70回大会というのに出かけた。いつも出る役回りではないが、代理出席。のような感じ。70周年という張り紙の途中に1951→2021とあるのを見て、1951年生まれの自分を思うと、この運動が自分が生まれた頃からあったのかと感慨深いものが少しだけあった。

 この活動は、日中不再戦をスローガンとした平和運動であり、そのための文化交流活動なので自分も参加している次第。初めは中国語会話がきっかけだったが、今や自称二胡担当として、二胡で会員をひきつけ中国文化を広めるつもりでやっている。

 コロナ禍の中で行われた大会なので、パーティーなどは無し。場所が神保町なので、終わってからビャンビャン麺を食べに行った。

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 この漢字は、最も画数の多い漢字で、中国語モードでもwindouws10の変換では出てこない。お土産に羊肉のクミン串焼きを買った。もうイスラム系の食べ物の雰囲気。西安の料理なので、ここのイスラム街がとても面白かったのが懐かしい。

二十世紀中国の革命と農村 田村史起

 どうしてこの本を買ったのか。東京新聞の1面下段の本の宣伝にあったと記憶している。中国の土地改革について、昔古本屋で中国関連本を読み漁っていた頃に、元日本兵が敗戦後中国に残って土地改革に参加した記録を新書版で読んだことがあった。

「中国土地改革体験記」 - 天天日記 (hatenablog.com)

もう10年以上前のことだった。

 そこで土地改革という言葉が、土壌改善などではなく農地の管理方式の見直しを意味する言葉だと知った。封建時代に地主から搾取されていた農民が、革命により自分たちのものとなる。共有財産であり、すべて共有する考えから人民公社ができ、誰もがそこへ行けば食事ができるというものだった。が、今はこれも終わったというところまで漠然と承知していたが、では今はどうなっているのか。そこのところにきっちりと答えてくれるのがこの本だった。

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 山川出版の世界史リブレット。山川出版といえば、世界史の教科書で有名だった。自分も学生時代、山川の世界史を何度も読んで大学受験に備えたものだった。あの頃は、単なる受験勉強として世界史を見ていたので、現代史はほとんど教えられず自らも学習しなかった。しかし、今頃になって世界の歴史を要領よく知るにはこの山川出版の世界史リブレットがかなり優れモノだと思われる。また気が向いたら他の地域のことを書いたものを読んでみようかと思う。

 で、中国の農村はというと、リーダーが優れてるかどうかで生産力に差が出ている。農村に限ったことではない。会社もそう。工場もそう。ただ最近でいえば不正が排除される時代になったので、昔のように悪徳地主に苦しめられるという場面は考えられない。地主層は文革の時にやり玉に挙げられている経緯がある。

 それでも都市部周辺の農家と、内陸の山奥の農家とでは作物を商品として消費者に届けられる限界があるため格差はまだまだ存在するだろう。しかし現金収入の多さと幸福度とは違う、と思うのだが中国社会はまだまだお金がものをいう。日本もそうか。

 この本は、社会主義国になってからの中国の農村の支配形態の移り変わりを知るには格好の内容だった。

岡崎日記(その8)

 岡崎の家の掃除などの対応も、一段落。まだまだ手入れすべき事柄は山ほどあるが、ひとまず人間らしい生活ができる環境に戻せた。ひとまず直近の記録。

 行ったのは7月11日。もともと6月末に行く予定をしていたが、コロナのワクチンの算段をしていて、それが終わるまで外出などを控えたいという姉の希望を聞いて延期していた。いつ打つのか聞いていなかったが、7月頭くらいのような話しぶりだったので、次に行ける日としていた11日に行って見た。直前に電話してみたが、つながらない。渡してあるスマホにも出ない。

 どうなっているか心配しながら到着。するとちょうど自転車で出かけるところにバッタリ。1分遅かったら行き違いになるところだった。

 どこに出かけるのかと思ったら、この日がワクチン接種の予定の日だった。時間を聞くとギリギリなので、そのまま車で送って行った。車でなければ遅刻だったろう。場所は岡崎市役所に隣接する福祉会館。駐車場に車を入れて同行してみた。手順は八王子で経験したのと同じ。私は「介助者」という札を首から下げて付き添っていた。一人で行くところだったが、まあこちらも様子が分かってよかった。接種前の体温が37度あり、微妙な感じだったが。聞かれると「走ってきたので熱くなった」と言って見たり「最近風邪気味で微熱がある」などと相手によって言うことが違う。

 結局ワクチンを打って、15分待機のところ30分待機組になった。時間が経過して無事帰宅。2回目は8月1日になっているらしい。前に行ったときに予約の案内が来ていたので、ネットや電話で予約を手伝おうとしたがどちらも繋がらなかった。その後、説明会の案内が来たそうで、そこに行って予約が出来たらしい。

 ともあれ今回の訪問は、キッチンの床をきれいにすること。ニトリで買い求めたマットをどっさり持って行った。このマット、30センチ四方のサイズでヤクセンチの厚みがある。凸凹のある側面をつなげる方式だが、パズルのようにくっついてくれるので素人がある程度広い場所に敷くのはやり易い。前に廊下を貼ったときに、パズル方式でなかったせいか、きっちり隙間なくマットを並べるのはかなり難しい。家の床が見た目より幅などが一定でないことが分かった。木造建築はそういうことかな。最近のパネル工法だとぶれは許されないと思うがどうだろう。

 マットは、スケジュールが遅れて自宅の部屋に積み上げておいたら、孫たちのいい遊び道具になっていた。とにかく貼った感じはまあまあ。

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before after

 さてここまでごみ処分と床はりが出来たところで、当人からはコロナが拡大しているのであまり来るな、みたいな言い分。昔の勤務先の書類(本来持ち帰るべきでないもの)の処分がまだ残っている。この時点で書類を捨てるなと言い出す始末。

 この夏を無事過ごすには、エアコンは必須。この家のエアコンが動かなければ次はそこだと思っていたら、古いエアコンが動いているのを確認したのでまあいいか。ネット注文で新しいものに替えようと思っていたが、本人がもっと安い物を自分でつけると言っていたのでそこは放っておくことにした。

 岡崎の件は、市に相談してみることにした。電話できちんと対応してくれて、民生委員の方が把握している様子を教えてくれ、時々訪問できるように次に自分が行くときにその方と面談することになった。が、次はいつになるか決まっていない。

 岡崎に行くときの唯一の(?)楽しみは鰻だが、今回もお目当てのうなぎ屋さんは閉まっていた。コロナのせいか。老夫婦がやっている店なので、無理して開店する気はなさそう。そこで帰りに浜名湖のSAに寄って鰻を食べようと思っていたが、つい通り過ぎてしまって隣のパーキングでミニうな丼付き蕎麦を食べた。

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 こんな小さなウナギになってしまった。(><)これでも微かに炭火の風味があって、直焼の関西風だろうか?ハテナな感じ。

 往路では、いつも寄る清水パーキングで、初めて寄ったときに見初めたポロシャツが割引価格になっていたので買ってしまった。

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 このパーキングではキッチンカーでミカンジュースも飲んだが、今回は卵焼き。

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 卵サンドを売りにしているキッチンカーだが、パンを敬遠してこんな串刺しの卵焼きにした。チーズとワサビの利いたマヨネーズが載っていて、ちょっと小腹が空いた身にはとても美味しかった。

 ここは新東名のパーキングだが、全国の道の駅をめぐりながら車旅を楽しんでいる人がいるらしい。自分も車に乗れるうちに北は北海道から南は九州まで、道がつながっているところを巡ってみたい。という気持ちがあるが、いつできるか。

 「今でしょ!」という気もするが、二胡スケジュールと体調に相談しながら、予定をたてないとな。

唐人街探偵 東京MISSION

 Facebookの「中国大好き」グループの情報で知った映画。現在上映中の最新中国映画。TOHOシネマの招待券があったので、行って見た。

 岡崎から早めに帰って、時間も空いたのでちょうどよかった。優待券もコロナのせいでか、期限延長されていたのでラッキー。

 行って見ると観客がいない。開演時間に入ると自分一人だけ。しばらくして前振りの宣伝時間にもう一人。

 中身はドタバタアクション映画。吹き替え版とあるので、元のフィルムは中国語らしい。舞台は東京で、日本人俳優もいるので、全体が日本の映画のように見えるが、日本人俳優以外は口の動きと発声が合っていないので、まさしく吹き替え版。

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 上の写真ポスターの右下は三浦友和。反対側の左下が長澤まさみらしい。他に妻夫木 聡(つまぶきさとし)という俳優。

 三浦友和はヤクザの親分で、敵対するグループの親分と密室で面会した時に相手を殺害したかどで逮捕される。子分たちがたくさん出てくるがみな日本人の悪役専門脇役みたいな感じ。探偵団は真相を究明する様、親分からの依頼で動く。

 探偵団の内訳は、中国人、日本人、タイ人二人。タイ人のうち一人は中華系のタイ人と思われる。ポスターの上の列の四人がそれ。

 アクションミステリーのコミカルなミュージカル仕立て。特撮も盛りだくさんで如何にも娯楽映画。しかし、最後の真相究明の内容がすごい。

 真犯人は、相手の親分の秘書役という長澤扮するコバヤシさん。実は三浦扮する親分の娘だった。殺人容疑を掛けられた親分は、中国残留孤児だった。彼は中国で結婚してから日本に帰国者として戻った。そこで生きてゆくために、裏社会に入る羽目になり親分から離婚を強制された。日本語もろくに離せない中国人の母親と5歳の女の子は、路頭に迷う。子供にご飯を食べさせるために母親は窃盗や売春を繰り返した挙句、獄死する。その娘が父親が自分たちを見捨てたと思い込み、長じて父親への復讐を企てたという筋書き。

 画面や音楽がハチャメチャなミュージカル仕立てなのに、筋書きの裏の出来事が日中関係の中で生じた暗い、実際にありそうな経歴に所以している。

 中国の探偵ものシリーズ第3弾で、中国ではヒットしているとか。130分以上の長編で

持病のためにトイレが近い自分にはギリギリの限度の長さだったが、岡崎帰りのいい気分転換になった。

検査結果

 先週、癌の転移について色々検査した結果を聞きに行った。

 脊椎の転移は消えたままのはずだが、CT検査によると5番目の骨がどうのこうので圧迫骨折になる可能性があるかもしれないので、MRIも撮りましょう、と言うことでそれもやってきた。結果はまた別の日に聞きに行く。

 肝心の前立腺がんの進行を確認するPSA値は、13.8。前回の12.23より微妙に上がっている。3か月間の変化にしては少ないのではないかと思う。悪くなる時はもっと上がるだろうと、勝手に考えていて、20を越したら医者の進める薬も断れないかなと思っていたが、この程度ならまだまだ。医者の方も、この程度では「やはり薬を・・・」とは言わなかった。代わりに検査の追加。高額の薬を使わないなら検査代で稼ごうという作戦か。

 PSAの他にいつも気にしているのがコレステロール値。前回、前々回と300を越していた総コレステロールが300を切った。依然として高いことは高いが、下がる傾向にある。ように見える。最近なんとなく食べ物を量的にも制限するようにして、運動も不足ながら気にしている効果のあらわれだろうか。

 PSAが落ち着いているのは、最近始めた朝のコヒーランスが利き始めているのだろう。と信じて、これは継続する。もっと真面目に取り組みをすることで、3か月後の検査時には数値ダウンを目指す。

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 それはともかく、東京のコロナ感染者数は増え続け4度目の「緊急事態宣言」。

 宣言しているだけで何も対策が講じられない。休業補償もないまま飲食店は営業時間を短縮させられ、売り上げが落ちこむだけでなく、従業員を解雇せざるをえない。職を失った人たちは路上に出るケースも。

 これで東京五輪をやるのか。日本が地に落ちたどころではない。政治が狂っている。

https://www.facebook.com/100002320819139/videos/4094684487285538/

社会情勢あれこれ

 7月になりました。今週予定していた岡崎はキャンセルでした。理由は姉の方が7月頭にワクチンの予定が入ったので、それまで静かにしていたいということでした。ワクチンとあまり関係が無いと思うのですが、一通り部屋も片付いたし、おもちゃの犬がしゃべるので退屈しない、ということだったのでまあいいかという感じです。感染が再び拡大している東京からこの時期に来てほしくないというのが本音だろうと思いますが。一通りゴミがなくなったのは確かで、テレビもネットも使えるようになったので、まあいいか。でもキッチンに貼るパズルマットを買い込んであって、わが部屋に積み上げてあるので早めに敷きに行きたい。

 行かなかったおかげで、週末は孫たちのお相手ができた。と思っているうちに一週間。ワクチンの2回目も昨日打ったし、明日は都議選の日。今日は、二胡を習いたいという人に会って来ました。台湾帰りの男性。二胡は台湾を引き上げるときに買って帰ったとか。とりあえず15日のレッスンの日に来てもらうことにした。続くといいなあ。

 その人は、中国語教室に来ている人で、そこに行くと中国語の先生と久しぶりに会いました。先生もお子さんが育って落ち着いてきたのか、二胡を習いたいと言う。本気かどうか分からないが、二胡中国語会話と同時に教え合うのも、お互い料金なしでいいか。日本人が中国人に中国の楽器を教えるというのも面白い。マジかどうか、今度話してみよう。

 さて、中国の知人は中国共産党100周年の記事やイベント、習近平のメッセージなどを送ってきた。

 日本では、最近の中国は香港の問題やウイグルの人権問題が報道されていて、中国に対するイメージが良くないようになっているが、当の中国の人たちはどうなんだう。ということでは、最近の大学生くらいの若者たちは、天安門事件以降に生まれた人たちで、民主化について弾圧があることにあまり意識が無いようだ。それはあたかも、日本で「戦争を知らない子供たち」が戦後の経済成長の中で、バブル経済をエンジョイしていた姿に似ているように思える。

 今の不動くの若者たちは、学歴社会の中でいい職を得ようと頑張っている。都市はどんどん発展していく。「一対一路」という方針のもとに、実際すごい高速道路が整備されている。新幹線網もすごい。とても便利になってきていることは我々旅行者も感じていたことだった。しばらく行けないけど。

 民主化の問題を除けば、中国の政治は日本のメディアが言うほど、さほど悪くない。人々の暮らしぶりは明らかに良くなっている。そうである以上、経験していない天安門事件を取りざたして自国の政府を悪者扱いする理由は、中国の若者にはない。

 実際政治家の資質は、日本の嘘つきが当たり前のような政治家よりよほどいい。日本の官僚も政治家に忖度するばかりで、それによって自分の立場だけを考える人間が多すぎる。国民に奉仕する精神を持っていた真面目な公務員は、自殺で不義を正そうとした。

 赤木さんの問題は、嘘つき政治家とバカ官僚に落とし前を付けるまで忘れず騒ぎ続けなくてはと思う。辺野古の問題もそう。時間が経つことで逃げおおせると、悪者たちは思っている。

 中国を脅威だとして、米国にすり寄る政治はあまりにも情けない。今更ながら、あまりにも重大な問題で、忘れ去ってはいけない問題を、今後ひとつづつ掘り起こしていこうかと考える。

古希

 70歳になりました。正式に。還暦で年とったと思ったら、そこから10年も経過したわけだ。いよいよ本物の爺だ。

 5年前の今頃は、前立腺がんでステージⅣと診断され、ステージⅣとは5年生存率が25%と聞いて、5年後の今日のこの日が無いかもしれない、と思ったりした。

 あれからいろいろ勉強させてもらいました。退職した直後に癌だと分かったので、退職後の学習は癌の本を沢山読んで、おかげで退屈しないで日々を過ごしてきた。ここへ来て認知症の勉強に切り替えているが。

 二胡もやっていてよかった。ここ2,3年は検定試験に挑むということを続けているので益々練習に張り合いがでる。今年は5級も合格して、来年の6級受験のめどもついた。

 日中友好協会の仲間増やしの役に立つかと思って、二胡教室も始めて見たら、生徒さんも出来た。見込みではあと二人ほど増えそう。先生をやろうと考えたのは、それこそ5年前、退職と同時に中国に行って1週間だけ広州で現地の先生に習ってみたら、その先生が80歳の男性だった。その先生に二胡を始めた年齢を尋ねたら、60過ぎてからということだった。それを聞いてがぜん自分もやる気になった次第。

 沈琳先生の二胡教室のテキスト作成を手伝ったこと、日中友好協会の活動に参加していたことなどのおかげで、思ったより早く生徒ができた。あとは生徒さんたちが上手になるように一生懸命教えてゆきたい。

 ところで「古希」という言葉は、杜甫の詩に70歳が「古来稀なり」とうたわれたことからこう呼ばれるようになったとか。ということは「古希」は中国語でもあるのか、と思ったら今では特別に「古希」を祝う習慣はないらしい。

 日本でも100歳時代などと言われるようになったので、100歳まではあと30年もあると思うとまだまだ感があるが、持病があるとそこまでは無理と思われる。いずれにしても「生きてるうちは元気よく」を引き続きモットーにしてゆく所存だが、この言葉を教えてくれた先輩は、100歳を待たずに逝かれた。

 そういえば先日、日中友好協会でご一緒だった満州帰りの方も100歳を待たずにお亡くなりになった。敗戦後しばらく中国共産党の紅軍の看護部隊に所属してしばらく中国各地を転戦した経験をお持ちの方。まだ国共内戦をやっている頃に共産軍に所蔵していたという特異な経験をお持ちだった。つい1年ほど前か、理事会の後で二人で寿司屋に昼食を食べに行ったときは、結構ボリュームのある定食をペロリと食べてしまわれたので、まだまだ元気と思っていたのに寄る年波には・・・ということか。合掌。

 とりあえず自分も70歳まで来たので残りの人生は、二胡をやりながら、ガラクタ整理をして一年々々過ごしてゆくか。ということで、今週末からまた岡崎へ出かける。