天天日記

中国好きのまっちゃんで、書いていたはてなダイアリーを引き継いでいます。

ボランティア演奏

 今日は最寄りのデイサービス施設で、二胡のボランティア演奏をしました。仲間が一人付き合ってくれて、二人で計15曲くらい。後半の6曲はみんなで歌おうということで、季節柄「夏は来ぬ」「夏の思い出」を入れて、「琵琶湖周航の歌」や「知床旅情」「見上げてごらん夜の星を」「ふるさと」。

 ボランティア演奏は今月は、あと2回。今日のところは通算4回目で、いつも次月の日程を約束するのだが、今日は聞かれなかったこともあり、来月は夏休みとしたい気持ちが伝わったかな?

 それでも今日の仲間は、他の施設でもやる気あるらしい感じで、新規開拓をしてもいいかな。もう少しすると、マンドリン奏者の仲間が加わって一緒にやるという手もある。

 しかしこういう施設は夏休みもくそもない。というのが実情だろう。今日の施設は小ぶりなのでいつも観客になる人は10人くらい。送り迎えがあって、集まった時間をともに過ごす人がいつも2,3人はいる。しかし正式な職員は二人で、主に奥で事務をやってるみたい。ではフロントでお年寄りのお世話をしている2,3人の人たちはどういう位置づけなのか。若い男性もいて、我々が行くといつも彼が対応してくれる。名刺も持たされていないところを見ると、非正規雇用なのか。立ち入ったことは聞かないでいるが、こういうところで非正規でいるというのはなかなか大変ではないか。

 そういう人たちこそ、選挙でちゃんとした社会を目指す人に投票すべきだ。

 犬HKでは、また今日も支持率がどうのとデマ宣伝をやっていた。

 選挙戦で、街頭演説に安倍が行くと「アベやめろ」コールが起こるというのが昨日までのネット情報。今日は、そういうヤジを飛ばしたものが警官に連行されたということがあったらしい。1件ではない。一方で、れいわの該当演説にネトウヨみたいなのがヤジっても警官は「憲法で保障された権利ですから」と放置するらしい。

 とんでもない国になっている。選挙でひっくり返さなくては、取り返しがつかなくなる。

 
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参院選挙

 れいわが熱い。

山本太郎氏の街頭演説には、多くの人が集まる。山本太郎氏の話を聞いたら、誰もがそうだそうなんだと思う。彼は俳優だから演義がうまい、などと言う人がいるがそうではない。熱意が彼をして語らしめている。

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 彼の語ることはみな真実だ。話の内容をよく聞いてほしい。

民主主義を実行する。この人とその仲間を国会に送り込みたい。

二胡体験会

 散歩から帰宅して、ブログをチェックしていると家電が鳴った。家内が外にいるので、とってみると警視庁振り込め詐欺課の金子さんという女性の声だった。この近くで役所を名乗る電話でいわゆる還付金詐欺があったというので、注意するようにという電話だった。留守電機能を勧めていて、知らない電話には出ないようにしたほうがいい、とのことだったが、知らない電話に出てしまったら警視庁を名乗る電話だった。いろいろアドバイスしてたが、この電話は留守を確かめる電話ではないか?と聞いてやろうかとも思ったが、遊んでるヒマは無いのでとりあえず切った。

 さてまた昨日の話だが、日中友好協会八王子支部として二胡の体験会を行った。3月に続いて2回目。3月は31日と年度末だったので、忙しいときに誰も来ないだろうと思ったら、関係者以外誰も来なかった。がしかし、その案内を見た人が、行けなかったけど二胡に興味がある。という連絡を貰ったので、急きょ2回目を企画した。

 急きょのビラ入れで何人集まるか、今回は関係者もいない中で4人の参加があった。連絡をくれた人も無事参加。

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二胡体験風景

 この活動はもともと日中友好協会の会員拡大運動の一環として、二胡で人が集まるかどうかやってみようと思ったわけだが、確かに二胡に興味を持つ人たちはいる。が、こういうイベントありますよ、という宣伝が行き届かないと人は集まらない。

 今回は、会員あての新聞への折り込みや、生涯学習センターにチラシを出してもらった。加えて、はちこみネットという八王子市が市民団体の連絡用に運営しているサイトに出してみた。それぞれ効果が一人ずつあった。さてこの続きはどうなるか、やってみるしかない。

 ところで、香港のデモは世界中が注目している。まず台湾。ここは他人事ではない。台湾と中国の関係を「1国2制度」という香港との関係を適用しようとしてきた。その香港がこの状況。香港の自由が束縛されることは見逃せないのだ。

 そしてこの動画は、ベトナムのミュージシャンだ。

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 みな思いは同じ。自由にモノが言えないと、民主主義はあり得ない。

 台湾は総統選挙で、政治家の対中国の姿勢については大変関心があるというわけ。

 日本はどうなのか。参院選挙が始まった。既成政党に満足できない人たちが立ち上がった。韓国や香港ならこういう動きがもっともっと盛り上がるのに、日本は大丈夫か。とにかく選挙に行って、今の政権にNOを突きつけないと、もっととんでもないことになる。

 

 

昨日の出来事

 昨日の二胡のレッスンの後に、本牧の孫琳(リン)のところに行った。学校の後で学童保育で親の帰りを待つのだが、学童にいつまでもいたくないらしい。ということを聞いたので、なるべく早く帰れるように行ったわけ。

 4時半に学校を出るというので、レッスンの後でいつもは走らない有料道路を飛ばして琳ン家に行った。何とか4時45分ころに着くとすぐに孫リンがかえってきた。

 早く帰れて嬉しそうな顔を見るのは、うれしい。落ち着いてから近くの公園に散歩に行った。そこには選挙ポスターが張ってあった。

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選挙ポスターに興味を持つ孫リン

 読める字を確認する。右上の名前は自分の苗字と同じだが「沢」の字が違う。左下の「りんこ」さんは「りんか」の名前と似ているが、濁点をつけるとリンゴになるなどと言っている。

 昔自分が子供のころ、夏休みに名古屋から大阪行きの列車に乗っていた時、奈良を通過するときにひらがなの駅名を見て「『お』を付けたら『おなら』だね」と言って周囲に受けたという話を思い出すような発言。

 一番わかりやすのは「あさかさん」だねと言ってる。

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公園の注意事項の看板もチェック

 3才から6才とあるのにひっかかる。彼女は7才になったばかり。

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調べたことをノートに書く

 このあと、ふたりでくるくる寿司に行って食事をした。まぐろの刺身を食べるようになったというので、お手軽な寿司に行ったが結局選んだのは、ハンバーグや焼肉カルビがのった寿司や、卵焼きに納豆巻き。ジュースや揚げ物は持て余していた。

 学童保育所にいるよりジイジと遊ぶ方がいいなら、二胡教室の後はいつも行きたい。二胡の琳先生の教室から孫リンちへ。定例コースにするか。

 そういえば二胡の先生は久々に中国に里帰りして、販売用の二胡をたくさん仕入れたらしい。ついでに先月の私の誕生日祝い兼おみやげを買ってきてくれた。

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百鳥朝鳳の屏風

 飾り棚に飾るような小型の屏風の模型。そうい場所が無いので、書棚に置いてみた。説明書によると3000年ほど前の周の時代に、天子の座の後ろに飾られていたものの模型だそうだ。天子を示す鳳の周囲にたくさんの鳥たちが舞っていて、時代を謳歌しているよう。ありがたく頂いて、またいろいろお手伝いさせてもらおうか。

7月7日の状況

 気づいたら7月。しかも7日。七夕。選挙が始まった。

今回の選挙はとても大事。なのに自民党優勢などという報道が。本当ですか?

 実際のところ、若い人に無関心層が多くてそういう分析が出るらしいが、それでは困る。アぺ政治のおかげで日本がだんだん住みにくい、危険な国になっていることに気づかないのだろうか。

 毎日の生活に精いっぱい、という状況に追い込まれている。それも政治の貧困。

 アメリカとの関係と、大企業を優遇することだけで弱者を完全に切り捨てている。福島、沖縄がその典型。

 今の政権の下での憲法改正など絶対に許せるものではない。憲法違反と政治倫理にもとることばかりしている、頭の悪い首相など一刻も早く排除しなくてはならない。今回の選挙はそういうことだ。

 新しい勢力が出てきたことはうれしい。山本太郎氏の率いる「れいわ新選組」。10人の候補者を立てたが、ユニークな人材ばかり。比例代表では、障害をもつ候補者を1番目と2番目にして自分は3番目。よほど票が集まらないと山本太郎氏は落選となる。体を張った実行力に頭が下がる。

 れいわのほかに、「オリーブの木」というのもある。ピープルパワーTVの黒川敦彦氏が立候補したらしい。前の選挙でもアベの選挙区で立候補して動き回った。必ずしも当選しなくてもいい。どうどうと街頭で主張できる機会を逃さない、といったところだ。みなが意見を言う。それが民主主義。それを実践している人。加計学園の空っぽの図書館にも調べに行ってYoutubeで公開していた。すごい行動力。軍資金はアルバイトしてるらしい。

 こういう人たちがいることに希望を持ちたい。

 れいわの候補者には脈絡がない、という批判もあるようだが、山本氏は過去の所属党派よりも人を見ていると思われる。障害を持っているがちゃんと主張を持ったひとを国会に送り込めば、弱者のための論議が進まざるを得なくなる。そういうことを目指している。創価学会の人が加わってビックリだったが、公明党ではない。

 とにかく選挙に行きましょう。

金さんのアートミーティング

 昨日の土曜、孫リンのママから「おいしいパン屋さんがあるので、パンの食べ比べしましょう」というお誘いを受けて行ってみると、私の誕生祝も兼ねてと、ポロシャツのプレゼントなど用意されていた。ありがたやありがたや。こちらからは八王子コーヒーをお土産にした。

 お昼にパンを食べてから、第8回になる金さんのアートミーティングに行った。今回は場所が新宿文化センターで、太極拳とコラボするというものだった。行ってみるとお椀の大きなもののようなシンギングリンという癒し楽器の人も来ていた。

 最近顔出しの評判が悪くないので、悪乗りしてもう一度。

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左から友人の池尻さん、シンギングリンの井川さん、金さん、太極拳の木下さん、吾輩

 金さんの話は、折に触れてタオイズムを語ってくれる。今日はそれが中心的だった。太極拳の木下彩さんとの対談もそこが中心。木下さんは太極拳を初めて20年ということだが、この若さ。5歳から始めたのか、太極拳で体全体が整っているので年齢を感じさせないのか。といったところ。

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対談風景と、パフォーマンス

 タオイズムは今をどう楽しく生きるか、楽しくするカギは何か。心と体のバランス。陰と陽のバランスがとれるのが大切だが、常に揺れ動くことが正常なのだとか。

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シンギングリンの実演と本体

 このシンギングリンというのは、銅を主とした合金でできているそうで、割と重い。木魚をたたく棒のようなものを何種類か用意してあり、色々なたたき方をしたりなでたりして音を出す。大きさは二種類だけで音程としては二つしかないが、技でいろいろな雰囲気を出している。これで金さんのピアノとコラボしているのはなかなか良かった。

 太極拳の方、道教の追及の中に加えて実践レベルに持っていきたいものだな。

憲法前文

 この前読んだ安保法を検証する本で、弁護士の那須弘平氏が憲法前文の趣旨からし集団的自衛権憲法上認められるものではない、ということを書いておられた。

 ということで前文からチェック。

日本国憲法前文
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

 

 まず最初の第一文を自民党の改正案と比較しながら見る。

 主語が「日本国民」、国会の代表者は「正当に選挙された」ものでなくてはならないこと、「諸国民との協和」「わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保」「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないようにする」「主権が国民に存する」。

 憲法を制定するのは、国民であること。主権在民をはっきり述べられている。国会議員は正当に選挙されるべしという言葉は重い。今や小選挙区制の弊害により、国会において議論ではなく数の暴力がまかり通っている。

 諸外国と仲良くすること、我が国は自由主義であること、そして政府による戦禍が起きないことまで述べられている。「政府の行為によって再び」の「再び」は、先の戦禍は政府によってもたらされたものであること、そういうことがあったことを認めている。認めているからこそ、この憲法制定に至った。

 

 さて自民党の改定草案の前文の第一文は次の通り。

「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。」

 まず主語が違う。国民ではなく「日本国」で始まる。日本国って何なのか。「長い歴史と固有の文化」とあるが、歴史的には中国の方が圧倒的に長いし、日本の文化のルーツはほとんど中国から。三権分立(基本の基)といいながら、現政権は司法や官僚機構に影響力を及ぼすような仕掛けにしている。

 そして以下に続く。前文全体が短い。

「我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
 日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
 我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
 日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。」

 

  改定草案前文の第二文「先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し」とある。次の点でひどい。

1.先の大戦についての反省がない

  「荒廃」は政府によってもたらされたという反省に欠けている。

2.最大の人災である戦争と、自然災害とを同列にしている

  地震などの自然災害の発生は、避けることができないが戦争は回避できる。

  そもそも日本国憲法は戦争をしないために書かれたものという認識がない。

 経済的には発展したが、その起爆となったものは朝鮮戦争であり、技術革新をもたらしたのは企業努力。それが結果として「発展」に貢献したのである。

「国際社会において重要な地位」を占めているのか疑問。何をもってそう言っているのか理解できない。米国の傘下にいることによる、パワーバランスに一役買っているだけではないのか。米国ありきの存在になっている。それしかないというのが今の現状。

 

  さて現行憲法前文の第二文は「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」として、国民主権を補強している。為政者の勝手な権力乱用はここからも違憲であることがわかる。論議を尽くさない数による暴力は憲法違反である。

 続いて第三文は、「これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」とある。これはの「これ」とは「国民主権」であり、これは人類普遍の原理であるとしている。

 人類普遍の原理としてよって立つべき「国連憲章」や「世界人権宣言」の前文を見てみよう。中国の08憲章でも「世界人権宣言」に触れて、自国のあるべき姿を訴えようとしている。

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国連憲章

 国連憲章では、二度にわたる世界大戦の反省を踏まえている。そこから「基本的人権」「人間の尊厳」「男女同権」また国の大小によらず各国が同権であることを説く。 

 世界人権宣言の方は次の通りで、翻訳は外務省の仮訳文(実は国連の訳文のまま)

「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することは、世界における自由、正義及び平和の基礎であるので、
 人権の無視及び軽侮が、人類の良心を踏みにじった野蛮行為をもたらし、言論及び信仰の自由が受けられ、恐怖及び欠乏のない世界の到来が、一般の人々の最高の願望として宣言されたので、
 人間が専制と圧迫とに対する最後の手段として反逆に訴えることがないようにするためには、法の支配によって人権保護することが肝要であるので、
 諸国間の友好関係の発展を促進することが、肝要であるので、
 国際連合の諸国民は、国際連合憲章において、基本的人権、人間の尊厳及び価値並びに男女の同権についての信念を再確認し、かつ、一層大きな自由のうちで社会的進歩と生活水準の向上とを促進することを決意したので、
 加盟国は、国際連合と協力して、人権及び基本的自由の普遍的な尊重及び遵守の促進を達成することを誓約したので、
 これらの権利及び自由に対する共通の理解は、この誓約を完全にするためにもっとも重要であるので、
 よって、ここに、国際連合総会は、
 社会の各個人及び各機関が、この世界人権宣言を常に念頭に置きながら、加盟国自身の人民の間にも、また、加盟国の管轄下にある地域の人民の間にも、これらの権利と自由との尊重を指導及び教育によって促進すること並びにそれらの普遍的かつ効果的な承認と遵守とを国内的及び国際的な漸進的措置によって確保することに努力するように、すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準として、この世界人権宣言を公布する。 」

 

どうも読みにくい日本語。直訳レベルなので、原文を確認してみた。

Universal Declaration of Human Rights

そうしたら、「であるので」のオンパレードは"Wheras"で文が接続されているのをそのままにしてある。意訳するより原文のままにしておくのが無難と考えたのか。

英語で確認したい方はこちら。

murauchi.muragon.com

こういうの書いてる人がいるんだ。

 

 要するにこの前文は、世界人権宣言30の条文の要約みたいなもの。

現代の我々から見て、当然のこと、当然の権利、みたいなことが書かれている。

 これが国連で採択されたのは1948年のこと。日本国憲法の施行はこれに先立ち1947年5月3日に施行されている。国連憲章はさらに1945年10月にさかのぼる。世界中が大戦の終結を踏まえて、以後の世界のあるべき姿を規定し、共有しようという流れがあったのではないか。日本国憲法もその流れの中で叡智を集めて検討がされた。

 敗戦間もない日本で、憲法制定の動きはマッカーサーの指示によるものではあった。それは戦争指導者たちが裁かれる一方で、軍事政権がよりどころとした帝国憲法に代わるものを、日本が二度と侵略行為をしない、平和国家になるために採択する必要があった。幣原喜重郎内閣は、これを受けて検討をした。

 戦争遂行時の最高責任者である天皇陛下について、マッカーサー天皇制を残すことにしたのは、日本という国が明治以降天皇のもとでそれなりに済々と発展してきたことから、これを廃止することの混乱を避けたという説が有力。そうだろうと思われる。

 ただし、ここに権力を与えないように「象徴」として、存続するが支配はしないようにした。天皇制については、その条文のところで考察する。

 

 国連憲章や世界人権宣言を持ち出したのは、日本国憲法前文でこの憲法が人類普遍の原理に基づくものとしているためであり、08憲章のまえがきでは、世界人権宣言の採択から60年のタイミングであることにはじめに触れている。

08憲章冒頭部分

 「今年は中国立憲百年、「世界人権宣言」公布60周年、「民主の壁」誕生30周年であり、また中国政府が「市民的及び政治的権利に関する国際規約」 に署名して10周年である。長い間の人権災難と困難かつ曲折に満ちた闘いの歴史の後に、目覚めた中国国民は、自由・平等・人権が人類共同の普遍的価値であり、民主・共和・憲政が現代政治の基本的制度枠組みであることを日増しにはっきりと認識しつつある。こうした普遍的価値と基本的政治制度枠組みを取り除いた「現代化」は、人の権利をはく奪し、人間性を腐らせ、人の尊厳を踏みにじる災難である。21世紀の中国がどこに向かうのか。この種の権威主義的統治下の 「現代化」か? それとも普遍的価値を認め、主流文明に溶け込み、民主政体を樹立するのか? それは避けることのできない選択である。」

 

 太字にしたところがまさに、人類のあるべき姿として08憲章が求めるもの、と同時に世界人権宣言で採択された内容であり、日本国憲法にも反映されているところだ。

 

 さて日本国憲法前文に戻る。その第二段落は、平和についての記述。最も重要なのは、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という部分。我が国の安全と生存を守るについては、諸国民の公正と信義を信頼するとしている。つまり武力による安全確保を放棄している。第9条のもとになる考えがここに記されている。

 もうひとつのポイントは、「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去」とある。が、現政権は数の暴力で先制に近いことをやり、官僚たちを隷従させ、隣の国に圧力をかけるなどしている。これらすべて憲法違反といえる。

 

 08憲章の前文は長い。全体が次の構成になっている。

1.前文

2.我々の基本理念

3.我々の基本的主張

4.結語

 長いのは、中国の歴史(現近代史)や国内事情を踏まえる必要があるからで、その点は別に考察することとして以下まとめ。

 

<まとめ>

各前文から見えること。

 二度にわたる大戦が、世界の人々に与えた不幸を繰り返さないために、過去の過ちを払拭する条件は何か。それが国連憲章からの流れに共通して述べられ、近くは中国の民主化を求める人々の宣言である「08憲章」に引き継がれている。

 すなわち基本的人権主権在民表現の自由生存権立憲主義、そして各国間の平和日本国憲法は、侵略戦争を引き起こして敗戦という事実の反省を踏まえ、戦争放棄による平和を宣言したもので、評価は高い。

  しかるに、自民党憲法改定草案は全文を見ただけで、全体主義に逆戻りしてゆくことが分かる。国民よりも国家が先にくる。ここが最悪の結果につながることを認識する必要がある。