「リスボンへの夜行列車」完読
思索的な小説だなと思いながら、ゆっくり読んでいた。途中で心に響くフレーズがいくつもあり、日記にも書いた。(11月3日他)
読み終わって、あらすじでも書いて振り返ろうと思ったら、訳者あとがきにさらっとあらすじが書かれていた。しっかり読みこんだ様子の書きぶりだ。訳者なのであたりまえか。ドイツ文学者の浅井晶子という人。
作者のパスカル・メルシェというのはペンネームで、本業はベルリン自由大学というところの哲学教授だそうだ。どおりで思索的ななずだ。
物語は、老齢の語学教師が、突如日常性から抜け出してリスボンへと旅立つ。そこで出会った本の書き手に興味を持ち、まだ生きているその周囲の人たちを訪ねる。本の書き手は、ポルトガルの独裁政権への抵抗運動に参加していた医者で、本や彼の手紙からの抜き書きの部分が濃く印刷されていて、そこがとても思索的な内容になっている。
リスボンに旅した主人公グレゴリウスは、プラド(本の著者で医者)の妹や、昔の仲間、恋した人を直接訪ねると、相手はプラドに関心を持った訪問者を驚きと嬉しさを持って受け入れる。そのあたりのくだりがとても面白い。
解説者によると、列車が人生のメタファーとして使われているとする。グレゴリウスはその列車に乗って数十日後にはまた自分の家のあるスイスのベルンに戻ってくる。旅の途中で何度か見舞われためまいの検査を受けることにしたのだった。話は病院へゆくところまでで、検査の結果など、その後のことは書かれていないが、主人公はもう高齢で老いのせいでもうリスボンに戻ることはできないだろうことを想像させる。
リスボンでは、ベルンで長く暮らした日常性から突如抜け出し、心の赴くままの行動で色々な人達と知り合う。今までの生活の流れでは考えられない出来事だったはずだ。そういう人達と別れを告げてまたベルンに帰る。リスボンに心を残し、そうせざるを得ない状況を受け入れる。老境に達した人生の有りようというものも描かれていると思う。
本の帯に「この本を読み終えたとき、あなたは新しい人生を手に入れる。」とあるが、読み終えて何か新しくなったかというと、あまりに冷静に深く物事を見つめたうえで思いを書き連ねている様を見て、冷静に理性的に物事を考えることで、世の中の事象を慌てず受け止める手法を会得したかなというところか。