天天日記

中国好きのまっちゃんで、書いていたはてなダイアリーを引き継いでいます。

「ボート」

 今年の初読み本は「ボート」という小説。ボートピープルだった人の息子が書いた小説、といえば体験談か親から聞いた話だろうと思ったが、そうではなった。
 7つの短編集で、舞台は世界各国に広がっている。日本の広島もある。時代は戦時中の広島、原爆が投下される直前の広島から疎開した子供が主人公で、子供の目で見た様子が書かれている。どうしてこのような日本人感覚の物語が書けるのだろうと思うくらい、当時の日本人の様子がまるでそこにいて見ていたようなタッチで描かれている。
 その他の地域の話、南米コロンビアとかイランのテヘランを舞台にしたものがある。日本の場合と同様、色々な出来事の起っているその地域にいる人々の実態が、取材でもしているのような、実に臨場感あふれる書きぶりである。
 書き手は、ナム・リーという1978年生まれの若手作家。国籍はオーストラリアであり、アメリカで小説を学んでデビューした。両親が彼を連れてボートでベトナムを後にして、オーストラリアに移住したわけだ。
 短編の最後の作品が「ボート」という題で、まさにベトナム戦争終結し、即ち米軍がベトナムから撤退した後に、共産軍の抑圧を逃れるために船で脱出する人々の様子が描かれている。当時、テレビのニュースで報道されていた様子からは、単に共産支配を嫌った人々が逃げ出しているのだ、くらいにしか思わなかったが、その当事者たちにしてみれば、それはそれは大変な出来事であった。どこにたどりつくかすらわからない小さな漁船に乗って殆ど漂流するわけだ。それも、思い立って簡単に出かけることができる訳ではない。見つかれば命は無い。しかもその船に乗ること自体が生き延びるためのかけでもある。家族がそろってゆく場合もあれば、将来を託した子供だけに期待をつないで乗せる場合もあったのだ。
 そのような大変な思いをして生き延びたベトナム人の息子がオーストラリアで育って、作家デビューをしたわけだ。ベトナムの人は民度が高い、などということが言われるが、この彼の場合はそういう一群の評価で片づける一人ではない。国籍としては今やオーストラリアが誇る才能だろう。
 民族的にはベトナム人ということで、いわゆるエスニックなアジア的な文芸小説家と思いきや、先に書いたように、世界各国を舞台に書いている。文調は今風で、時間や場所を飛び越えた記述がされているので、注意深く読まねばならない。図書館で借りた、ブックレビューの推薦本であったが、文章の深さと重さにじっくり時間をかけて堪能した。
 次は中国の作家の現代小説を読むか。