シャンハイムーン 井上ひさし
昔、学生時代に先輩から顔が井上ひさしに似ている、と言われるまでは、さして気にしていなかった作家だった。当時は、小説というと石川達三とか曽野綾子、遠藤周作といった作家の小説を読んでいたな。カタカナの作家ではカミュとかケルケゴール、むろんマルクスも手にした。
あの頃は、彼の作品はなにか冗談ばかりでどこがいいのか、と感じたりもしたが、割と最近になって「ふかいことを面白く」という氏のモットーのようなものに共感するところがある。庶民にはまず楽しく読んでもらわなくては何も始まらない。
戯曲という類のものを読んだのはこれが初めてではないとは思うが、戯曲を読むというのもいいものだなと、このシャンハイムーンという作品を読んで感じた。
舞台は1930年代の上海は内山書店。当時、国民党に狙われていた魯迅を日本人たちがここにかくまう話だ。この頃の魯迅の体はどうもボロボロになっていて、医者や歯医者が彼の体を治そうとする。日本の鎌倉に亡命させようとするが、踏みとどまったようだ。
喜劇のようなタッチで話は進んでゆくが、当時の中国人の様子。外国人が我が物顔で歩いていた上海の様子も彷彿とされる。
魯迅が、その当時果たした役割が何だったのかがよくわかる。一方、魯迅自身が自分自身物書きで終わって、革命に身を投じた人達に対して持ったであろう後ろめたさのような感慨もするどく指摘している。まさに「ふかいことをおもしろく」の代表、典型、真骨頂のような作品だ。
言葉あそびなら、我も負けじと書いてみるのは出来るかもしれない。しかしそれは、深いことを表現する手段でなくてはならないだろう。