天天日記

中国好きのまっちゃんで、書いていたはてなダイアリーを引き継いでいます。

今日の日記

 今朝の出社前に行く喫茶店で感じたこと。パールバックのあとがきを読んで、次のように思った。 
 やはりこれ(大地)は、今や古典的価値と中国庶民の今も変わらぬ性癖を描いた面白さが特徴で、今読んでも十分に読み応えのある本だと思った。あとがきの書かれた1967年といえば、中国では文革が始動した年であり、その頃の中国ではこの小説は革命の意義が書かれていないと言う理由で反革命的と批判されていたらしい。しかし、瞬く間に30カ国語に翻訳されて世界中で読まれているのだ。
 革命的でないということだが、そもそも革命とは現状を批判することから始まるというこはその通りだが、何でもかんでも一面的に批判するというのは如何なものか。「如何なものか」などというあいまいな表現を避けて言うなら、一面的な批判と言うのは幼稚性があると言わざるを得ない。
 社会の仕組みがよくないので、改革が必要なとき、その改革が遅々として進まず、その進まない理由が体制に問題があり、そこを一気に変えなくてはならないときに革命が必要なのだ。革命には犠牲が伴い、改革は犠牲者を出してはならない。
 さて今の日本の現状はどうなのか。改革こそ必要で、革命そのものが必要なほどひどくは無い。しかるに、新しい首相は、政権を奪取し、政権交代の演説の中で「これは無血革命だ」というようなことを言った。たしかに言った。戦後からつい最近まで続いた自民党政権が代わったのは、ひとつの時代が推移したとは確かに言える。しかしこれが革命か。この政権交代がそれほどのものか。では誰を犠牲者にしようと言うのか。革命と言う言葉の重みを知っているのか。
 所詮、庶民の本当の感覚を知らないおぼっちゃまの軽々しい発言だったとすると、日本はやはりちょっと心配。