天天日記

中国好きのまっちゃんで、書いていたはてなダイアリーを引き継いでいます。

芸人達

 最近その悪事がばれて活動中止した芸人がいたことから、芸人について一言。売れっ子芸人になって人格が形成される場合と、その逆で思いあがって悪事を悪事とも思わず世の中に悪影響を及ぼすことになる場合があるなあ、とあえて分類するとこうなるか。

 売れる前に消えてゆくのは数知れず、だと思う。売れてないから知らんけど。

 本題に入ると、吉幾三が面白い。彼は「オラこんな村いやだ―♪」と言う歌でヒットしたと記憶している。独特の渋さでいい感じに歌ってきた。それがTicktokに出てきた。

ズバリ国会議員を批判してて面白いのでここへ乗せようとしたら、TICTOK は動画全体を移すのでうまくいかない。調べたら彼がTICTOKしているのではなく、Youtube吉幾三チャンネルというのを出していて、そこから面白い部分をだれたがTICに流していた。元の動画がこちら。

www.youtube.com

 7分くらいなので、見てほしい。本気で怒っている。

 いいなあこういうの。こうした本気の発言はメディアでは出てこない。自民党に忖度する犬HKなどは絶対ムリ。

 芸人の話で、鶴瓶のことを書こうと思って調べたら、鶴瓶徹子の部屋で失言をして問題になったというのはフェイクだ、ということが書かれていたので、事実が分からないうちは書かない。家族に乾杯という番組は続いている。らしい。

 

コスタリカ 伊藤千尋

 昨日が香山リカで今日コスタリカ。リカ繋がり。なんのこっちゃ。サンドイッチマン的言葉遊び。サンドイッチマンと言えば、ここのところ売れてる漫才。話の展開はパターンが決まっているのと、音遊び的なギャグが罪もない笑いをとる。二人の掛け合いのタイミングが良く、よろしいんじゃないでしょうか。と思っているが、ずいぶん売れっ子になって、おかしくならないようにお願いしますよ。

 芸人家業は笑ってもらってなんぼの世界。売れてきて、自分が偉くなったような錯覚を起こして、狼藉を働く阿呆がいる。偉そうにしゃべることも体制受けすることに変わってきてやな奴だと思っていたら、とうとう墓穴を掘った。活動中止で目障りなことが無くなったのはいいが、逮捕しろ逮捕と言いたい。悪いことしてるのだから。法治国家なのだから。

 というわけで自民党安倍派から逮捕所が出た、と言うニュースは良かった。そこまでで終わらせるなよ。老害的ボス猿がいるのだから。

 本題はこちらでした。

 ご存じ元朝日新聞記者のジャーナリスト、伊藤千尋さんの本。ご本人が発売に向けてネットで宣伝して、刷り上がったら直接希望者に販売するというので、希望して送ってもらった本。

 コスタリカのことは、伊藤さんが以前から書いていて、軍隊を廃止して軍事予算を教育費にしたとか、減らした軍人の数だけ教師を増やしたとか、憲法裁判所があって、誰でも(小学生でも)憲法違反を訴えることができる。というようなことは承知をしていたが、今回この本で新たに認識を深めたのは、政教分離が徹底されていること、環境保全のための活動が継続されていること。

 そうしたことを行うには、それを推進する人がいて成り立つ。それを始めたのは誰かと言うと、外部から来た人たちだ。1950年に朝鮮戦争が始まったとき、米国で徴兵されるのを嫌ったクエーカー教徒の人たちが、アメリカにいられなくなってどこかへ行こうと考えたときに、ちょうど1949年に軍隊を放棄した平和憲法をつくったコスタリカがいいということになった。そしてその行き先も自然が豊かな山の上、ということで、11家族が移り住んだ。これがきっかけで、平和で自然を大切する運動が展開されることになり、今に続く。というわけで、詳しくはこの本を読んでもらいたい。

 自然を大事にするということで、原発は当然ない。電力の多くは水力発電らしいが、現在はまだ火力発電もあるが、地熱発電がある。発電に必要な熱を地熱を利用するというものだ。そういう技術力はどこから来たのか、というと何と日本。であるのに、日本ではこれが検討されずに相変わらず原発を再稼働しようと言うのが日本政府の方針。あきれる。

 個人的な今年の方針としては、積読状態が増えていることに歯止めをかけて、どんどんここに紹介してゆきたい。が、4月の二胡検定試験に合格するまでは、そちらに時間を割く。おりしも、先生から次の試験には指定された楽曲から2曲選ぶ必要がある旨連絡があった。やはりそうか。今年から2曲なので準備が間に合わないと、申し込みを見送った二胡友がいたが、自分はもう申し込んだ後。なので、やるしかない。あと3か月の集中で合格を目指す。

ブログのこと

 今朝の東京新聞香山リカさんの文章を読んで、なるほど、と思うことが書かれていて、その影響をすぐ受けて日記を書く。

 そうこのブログは天天日記といって毎日書く日記のことだったのだが、いろいろ考えすぎてか、書く頻度が減っている。

 毎日思うことがあるのだが、それだけ書くのはと憚られて、結局書かないで過ごす日が増えてきた。

 香山リカさんが書かれていたのは、入院している90過ぎの患者さんが日記を書くことが元気の証、みたいなことだった。書いている内容は、そう毎日病院の中のことだから面白い事件はない。中身よりも、書くことができる、書くと言う行為ができることが元気の証なのだという。なるへそ。

 というわけだが、私の日記と言えば昨日は今年の二胡レッスンの初日だった。入口に先生の旦那さんが、どこかから車で帰ってきたところみたいで、新年のあいさつができた。が、レッスンの方はメロメロだった。即ち毎度の練習不足。「お正月休みだったから仕方ないわね」と先生に呆れられ、いつものようにレッスンの後は孫リンのところに行くと、ママ系列の従妹一家と新年会にランチに行って戻ったところだった。皆さんとも顔合わせ。

 日ごろ離れて暮らすファミリーがたまに顔合わせする新年会などはいいが、政治家たちが新年会足る必要はないだろう。まして、能登半島で大きな災害があり、まだ避難中の人もいて、行方知れずの人も多くいて、他の県や市からも救援にかけつけるなかで、金集め集団、悪者集団がバレバレになった自民党が新年会で、キッシーものこのこ出ていた。それに比べて、山本太郎氏は現地の状況を実施に見に行ったらしい。何ができるか考えるのだろうが、自衛隊出動などの政府の動きが鈍い。

 新年会と言えば、次の土曜は二胡教室の新年会がある。出るぞー。政治家じゃないし、我々がやめても意味ないし、むしろ親睦を深めて団結を深めるぞ。場所が孫リンの家の近くで港の見える丘公園の中なので、孫リンたちもランチに誘っている。琳ママは残念ながら台湾に出張中なので、代わりに昨日会ったママのママに出席してもらうことになっている。練習不足の二胡だが。まずここはちゃんと年の初めの初演奏会でもあるのであと三日ばっちりにするぞ。

 

能登半島地震に思う

 新年早々の能登半島地震は、現地ではまだまだ行方不明者が多く、被災者の避難先にも道路が分断されていて物資が運べないらしい。ヘリで輸送している有様。

 本日新年の首相のメッセージがあったが、のらりくらりした話で何一つ信用できない。当たり障りのないことを言うにとどまる。安倍派の自民党の議員に逮捕者が出たことから、そちらの方、即ちいかにして政権を維持するかの方が気になるのだろう。

 記者会見の記者の質問にも答えられないことの一つに、原発推進政策の見直しはあるだろう、という誰もが当然そう思うことにそのようになるとさえ言えない。

 1週間たっても揺れが収まらにず、メディアは現地の様子を報道する材料に事欠かない。が、心配なのによく知らされないことに、原発への影響がある。新潟がかりではない。能登半島志賀町原発があり、休止中とはいえ冷却水のポンプが一時停止し、冷却水が床にあふれたらしい。それでも放射線が漏れていないから大丈夫だ、という北陸電力の見解らしい。ほんとうにそうなのか。

 今回の地震被害に対する救援に、自衛隊が出動するのが遅いんじゃないかと思う。自衛隊って戦争するためのものじゃなく、本来こういう場合に国民を守るためにある。一般の車では通れないところへ必要なものを運ぶなり、復旧作業をするのが自衛隊の本来の役割だろう。

 とんでもない年明けにも関わらず、自分が何をできるというわけでもないので、普通に年末年始を過ごしていた。今年最初に読み終えたの本はこれ。

 東京新聞の金曜版に掲載されているマンガの二冊目。右の絵は、孫のユキピーが真似て書いたもの。孫リンの方は、休み中の宿題に、お節料理を作るというのがあるそうで、年末にばあちゃんに教わって筑前煮を作った。

 二人とも、書初めの宿題はウチに持ってきてばあちゃんに習っていた。一番大きいノンちゃんは、中学受験をするとかでゆっくり遊んでいる暇もない感じ。親がそうしているだろうけど、年末の12月には府中の二人はダンスの発表会に出ていた。

 平和だなあ。今のところ。

 さて自分は、計画していることを着々と進めるしかない。来週は、戸隠のお墓が倒れていないかちらっと見に行く予定。天気がどうなるか分からないので、車は冬支度してあるし、雪の中を移動することになったら必要になるだろうと思われる、こんなものも購入した。

使う場面が無いことを祈る。

 最後に最近TICTOK によく出てくるおじさん。

 いつも車の中で自撮りしながらしゃべっている。見た通りの年配で、奇をてらった動画や風景でなく、ひたすら社会情勢について思う所を語る。自民党の存続は日本社会にとってよろしくない、という考え。会社をいくつもやっているので、銭欲しさの投稿ではないし、こういう人がこういう考え(自分と同じ)を持っているのだと分かると、日本もまだ捨てたものじゃないかもしれない。とも思う。

 しかし、能登本当の地形が変るほどの出来事が起きるってことは、遅かれ早かれ日本列島がどうにかなる。と思っても自分一人で何か出来るわけではないので、今できること、やりたいことを済々とやるという年にしよう。

新年好、新年の出来事

 新年好。中国語読みではシンニエンハオ。新年快乐(シンネンクアイラー)とも言いますが、日本の新年はおめでたくない出来事で幕開けました。能登地震に、航空機事故。

 能登地震は、ここのところ頻発しており、今日の東京新聞によるとこの地方の地下水が下から押し上げられてるとか。問題は局部的なものではなく、日本列島が変形する時が近づいていると見た方が良さそうです。と言う意味ではどこにいても安全な場所は無いので、海外に逃げる人もいることでしょう。地球の地殻変動から逃げることはできないにしても、大きな陸地の真ん中であれば当面は大丈夫か。いや四川地震もあったことを考えると、プレートの接点にあたるところは大陸の中でも大地震がある。

 一般庶民は逃げることを考えても仕方が無いので、発生時にどう対処できるかを考えて準備をしておくしかない。又は起きたら諦めるしかない。

 ともあれ今回は石川県。金沢出身の友人がもしや正月で帰省してないか、と電話してみたら千葉の自宅にいるので本人は大丈夫だったが、姉さんと言う人が輪島にいて、避難生活をしているらしい。本人の田舎は金沢市で、電気ガス、水道のインフラは止まっていないので大丈夫の由。日tまずよかった。

 石川県から富山、新潟と日本海側が揺れと津波に襲われた。我が戸隠ハウスは新潟に近い。ので従兄に電話してそちらは大丈夫か聞いてみた。ところ、棚の物一つ落ちていない。大きなロウソクが仏壇に立ててあるが、それも倒れなかった由。揺れは感じたが大きくなかったとのこと。近くの公民館のそばの石灯籠が倒れたくらいと言う話だった。 

 そういえば何年か前に墓石の灯篭が倒れて、細かい細工をした部分が壊れていた。それは石屋さんに修復を頼んでくれるように言っていたが、当時は従兄も忙しく、そのままになっていて、近くに頻繁に行けるようになったので試みに自分でセメントでなおそうかなと思いつつ、まだ手付かずだった。

 とりあえず墓がどうなっているか、と戸隠ハウスは大丈夫か、裏山が崩れてないか、確かめに行こうと思う。第3週だな。

 この墓なんですけどね。昨年最後に行った時に、この雪だけ払って帰ってきた。が、地震の度に倒れるようでは、最近はやりの墓じまいってことも言い出す奴がいるかもしれないが、せっかく戸隠に拠点を持ったのだから、可拠点ライフをもう少し楽しむ中で、墓守も仕事に含めておきたい。

 もう一つの出来事、航空機の衝突事故は、詳細がまだ不明だが、千歳空港から正月休みを終えて羽田に帰ってきた人たちが、乗った飛行機が着陸する滑走路にいた海上保安庁の飛行機に衝突した。ということだ。海保の飛行機は、地震の救援物資を積んで新潟に向かう所だったというから地震が引き起こした二次災害と言えなくもないが、一種の人災だろうと思う。

 人災と言えば、この能登半島地震の影響で、柏崎刈羽原発が心配。再稼働前の状態で停止中ではあるが冷却を継続している、その状況が詳しく報道されない。能登半島津波の状況も海外のSNSの動画で知る有様で、日本のメディアは本当の現実を報道していないように見える。地震以前に日本は終わっているのか。

 

今年の十大ニュースと昨日の続き

 個人的には無事1年が経過。月並みですが10大ニュース。個人的なものと社会の出来事ととりまぜて。

個人的には

1.信州戸隠に居場所が出来た。

2.戸隠に行くための車を手に入れた。

3.二胡検定は7級に合格。

4.岡山まで車で出かけた。初の遠乗り。

5.イスラエルレバノンのガザに侵攻した。

6.ウクライナへのロシアの攻撃がまだおわらない。

7.自民党政権の終焉が見え始めた。やっと。

8.二胡の発表会で二泉映月を弾いた。

9.ちょっと宇宙観が変った。

10.何年かぶりで大学のサークルのOB会に出た。

こんなところか。

 やっと年賀状を出し終えた。二枚残りがあるが。昔の半分くらいだが、もう来年は無しにしようと思う。それを半分の人には書いた。ので半分にはする。郵便料金も上がるし。郵便屋さんは商売あがったり。郵政民営化なんかやるから、商売が成り立つための値上げもするわさ。

 昔は郵便配達員といえば、お巡りさんと同じような服装で、街や村を赤い自転車で回って歩いたものだ。制服姿の職業と言えば、そのほかに電車やバスの運転手、それに自衛隊ってとこだった。今や郵便配達と同じ仕事を猫の会社がやっている。噂では、猫の会社も郵便は、赤い郵便屋さんに任せるという話だ。同じようなことをする場合、合体した方が効率化が進むのだろう。ペリカン便もなくなったし、マークを忘れたがセーノーウンユの配達もなくなった。

 ともあれ、今年の10大ニュースのトップの戸隠ハウスは、ばたばたと決めてしまった。が、後悔はない。子供たち、孫たちの遊び場になりつつある。2月にはスキーに行くだろう。暖かくなれば、牧場で動物たちと遊ぶ。無論山歩きはどのシーズンもOKだ。冬山はやめとく方がいい。素人だから。

 山の辺りを周れる車は、昨年から注文して1年半待ちと言われたジムニーシエラが、3か月早く届いた。ディーラーの店長は昨年、車に乗ってイマイチの時は売って下さい、と言っていた。高値で売れる自信があるのだろう。しかし最近この車の新車をよく見かけるようになった。半導体が入りやすくなったのだろう。走りは、昨日書いたようにイマイチといえばそうだが、山用としては十分。なので売らない。

 そうそう、前回この車で初めて向こうに行った時、夜の間は以前の車のように外に置いておいたら、朝、がちがちに凍っていた。屋根付き車庫になる場所はあるので、入るかどうか入れてみた。

 十分入る。次回はここにおいて夜を過ごしてみよう。

 さて3番目の二胡検定。日にちは4月だった。来年も4月。ここまで順調に合格してきた。来年は8級。弾くのは「二泉映月」という二胡の古典曲。あと3か月、いろいろやりながらもしっかり練習しなくちゃ。沈琳先生のご指導のおかげだ。

 4番目の岡山遠乗りは、この車じゃなくもう6年乗ったVOLVOの小さいヤツで。元々それを買った時に、この車で全国の思い出の地を走ってみたいと考えていたが、実行に移せなかった。言い訳としてはコロナもあったし。しかし岡山で暮らしていた友人に線香をあげに行くというのと、沈琳先生の岡山公演があるというので、公演がある時期に合わせて出かけたわけだ。その実感では、宿さえ確保すればどこにでも行けるという感触をつかんだ。出かけるとなると、スケジュール調整が難しい。長野行きの時間をしばらくは優先したいし。そのあとは、戸隠の山歩きもしたい、となるなあ。まあ、元気が続けば、ゆっくり時間をかけてやるか。

 5と6は戦争の話。戦争は内戦なども含めると、他でもいろいろある。ミャンマーアフガニスタン。等々。それぞれ事情と背景があるので、詳しくはここでコメントできないが、21世にの出来事とは思えない。というのが印象だ。人間の英知は大したものではない。過去にひどい経験をしているにもかかわらず、武力で何かを解決しようとする姿勢は知恵が無いとしか思えない。結局のところ土地を占有しようとする。それと他民族の排除だ。共生、共存というのが良いということが分かっていないのか。できない何かがあるのか。何かあるとしたら、宗教か、人種差別だ。多くの土地が欲しいのは、そこの資源や、場所の優位性を確保したいのだろう。みんなで使うという発想が無いのか。これはやはり権力者、リーダーの資質の問題。

 権力者の資質といえば、敗戦後の日本を仕切ってきた自民党がここへ来て馬脚をあらわしてきた。金権政治と言われてきた自民党政治が、具体的にどのようなものか、どのように金が流れているのかが明らかになり、ここ30年の日本の衰退は自民党の政策のせいだ、ということが山本太郎氏や御用学者ではない識者の言でみなの知るところとなった。このもんだいも、次の選挙で自民党が壊滅するところまでいかないと、結局何も変わらないということになる。ことに触れて訴え続けましょう。

 8番目は、私の二胡もこの曲を弾くまでになったか、という感慨。これが来年の8級受験の課題でもあり、合格して初めてここまで来たな、と思うことにしよう。

 9は、宇宙観であり地球感であり、人生観でもある。生死感でもある。これは「死は存在しない」という本を読んで、人の生死は宇宙の営みの一部であることを具体的に知らされたことによる、自分の覚悟みたいなこと。

10.サークルのOB会では、爺さんのような後輩に会ったり、現役学生の元気に触れて、面白かった。それ以上のことはないが、久しぶりだった。

 来年はどんな年になるだろうか。

 みなさんによいお年になりますように。

戸隠日記(年末編)

 行ってきました戸隠へ。11月に水道工事の仕上がりを確認して、凍結防止措置をして帰ってきたが、12月になって山用のジムニーシエラも来たことだし、せっかく来たのだから雪の備えをして戸隠の様子を見に行きました。色々あって今回は1泊二日でしたが、まあまあいろいろなことが分かって良かった。

 出かける日に、いつもだが向こうへ持ってゆくものをあれこれつ増やしているうちに遅くなった。雪の具合は、道は雪かきされてるし、冬タイヤなら問題ないと義兄から聞いていた。確かにその通りだが、家の前はこの程度の雪が残っていた。

 凍結防止栓のある裏手はこんな感じ。

 向こうに見えるのは石油式の給湯器で、雪に埋まらないよう板を立てかけておいた。

 今回家の中は、リビングのテーブルクロスが前の住人のもののままだったのを取り換えて雰囲気を変えることもしてみた。

 八王子の自分の部屋にあった民芸風の布に、ビニールクロスを敷いただけ。ここに白が基調のランチョンマットを使えば格好がつくかという目論見。

 車は、山の風景に馴染んでいる。と思う。

 ボディの横に迷彩柄を付けて、個性を出したつもり。足回りはヨコハマの冬タイヤを履いた。屋根にルーフキャリーを付けたが、まだ未使用。荷物のっけても大丈夫か、今回がお試しラン。これが事件もあり、なかなかだった。

 まず走りについて。

 ジムニーは元々軽自動車であるが、自分は長野行きに高速道路もしっかり走れるようにとこれに大きいエンジンの着いたシエラというタイプを選んだ。大きいエンジンと言っても1500CC。ボルボの走りと比べること、パワー不足は否めない。がボディが小さくて、つまり短いくて軽いので自動車道路のちょっとしたつなぎ部分でポコポコ跳ねるような感じがする。タイヤがでかくて家が小さいから仕方がない。スピードを出すと尚更なので、あまり高速で走る車じゃない。時速80~90Kくらいが適当に思った。アクセルを踏めば100キロ以上も無論出せるが、いわゆる巡航速度としては80~90だろう。エンジンを無理して高回転させるのはどうも。すると、当たり前の話だが、目的地に着くのに時間がかかる。行きの到着時間が遅くなったのもそのせいか。

 さて事件と言うのは、この写真では見にくいが、ルーフキャリーの全部に四本のステイと言って短い棒が出ている。暗い山道を明るく照らす横長のライトを付けられるようにあるものだ。その四本のうち一つのねじが緩んで取れた。二つのねじで止められているので、部品が落ちることは無かったが、走っているうちにどこかでカタカタ音がするようになった。が、どこか分からない。後ろの積み荷を点検したり、ルーフキャリーの足が緩んでいたらいけないと思って、休憩の都度足のボルトを点検して、キャリーをゆすって確認したが問題ない。

 分かったのは、帰路ガソリンの補給にスタンドに寄ったとき、背の高いスタンドのお兄さんが、「屋根の上にねじが乗ってますよ」と言って窓から渡された。

 ゲロゲロ。ステイは二本のねじで取り付けられているがそのうち一本が緩んで取れて、もう一本も緩めでそれがカタカタの原因だった。とりあえずもう一本のねじを外してステイを一つ外したら音が止んだ。ねじもステイも道路上に落として走ることが無くて良かった。

 戸隠の朝はやはりいい。

 いつだったかTVを見ていると、社会活動家として紹介された女性がいた。「社会活動家」って何をする人だろう、とググってみると石山アンジュさんと言う人で、こんな本を書いていた。

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 これって、贅沢な話ではなく、共生する拠点は多い方がいいということで、よく読んで整理ができたらまたレポートしますね。