天天日記

中国好きのまっちゃんで、書いていたはてなダイアリーを引き継いでいます。

「最後の龍 訒小平伝」パトリック・サバティエ

 訒小平の伝記を読み終えた。
 訒小平は、中国の改革開放を進めた人物として知られている。そりゃあずいぶん進歩的な人だったのだなあ、という印象を多くの人がもっていることと思う。しかしてその実態は・・・。
 毛沢東は、共産主義というイデオロギーでもって中国が切り刻まれることを阻止して、新生中国を独立させた。にもかかわらず、理念だけで大躍進の失敗をし、そのことで失脚しそうなところを文化大革命で自分の身を守ろうとして、中国全土を混乱させてしまった。その後継者が訒小平だった。
 訒小平は、毛沢東の晩年の老化と権力欲によるミスリードを感じ、中国の将来はまず経済発展が大切であるとの考えを打ち出し、人民に受け入れられた。この改革開放の動きは、市場開放でもあり、人々の人間性の開放でもあったので、それまでじっと耐えていた中国の人達は、一気に動き出した。
 ところがそれは訒小平の想定の範囲を上回るものだった。一方では、保守的な勢力も依然として発言力を維持している。訒小平は、あまりに急激な開放は中国人民全体にとっては混乱を招くとして、その動きを鎮圧した。それが1989年の天安門事件だった。
 その頃の活動家はアメリカに亡命したりして、国外から民主化活動を今も続けている。
 訒小平のもう一つの側面は、最後の皇帝だったことだ。毛沢東共産主義イデオロギー中国共産党一党独裁を達成した後、彼は権力を握った皇帝のようにふるまった。全ての事柄は毛一人の承認が無くては実施できない体制を作り上げた。その政策自体は失策だったので、その後を継いだ訒小平は改革開放路線で、まず中国が経済的に豊かになってゆくことを優先した。しかし、その推進の仕方は毛沢東同様に一人支配的なものだった。
 天安門事件の翌年、彼は全ての権力の座から降りた。しかし、1997年に亡くなるまでには意識がある間は院政のような状態も少なからずあったろう。
 中国は老人を大切にする国であるとして知られている。私も中国のバスや地下鉄に乗ると、若者に席を譲られて感動すること多少であったが、政治の面でボケかけた老人をいつまでも立てる必要はない。そういう状態は訒小平が最期だったということで、この本には「最後の龍」というタイトルがつけられた。
 いやー中国近代史を堪能できる本だった。次は周恩来の伝記を読む必要があるし、訒小平以後の推移を確認することもしてゆきたい。