天天日記

中国好きのまっちゃんで、書いていたはてなダイアリーを引き継いでいます。

「医は国境を越えて」中村哲著

 これは昨日、講演を聞きに行った中村先生の本。]そしてこの写真は昨日の講演会の入口。立て看板がかっこいい。
 話はこちらの本のこと。これは1999年に初版が出されている。ペシャワール会が出来て15年目という時期だそうだ。その15年の総決算として病院を建てたところまでの経緯などが、中村先生自身で書かれている。中村医師の活動は本と講演会でかなり分かっているつもりであるが、その人となりや、なぜアフガニスタンで長きにわたって活動されているのかということについて更に知りたい。
 下手な感想を書くよりも、この本を読んでいて思わず付箋を貼った個所を振り返ってみたい。
 「貧しても鈍せず」 これは、アフガンの人たちの生きざまを見て中村医師が感じたことだ。
 中村医師が辺境地域に医療団として山を分け行って出かけた時、最も山奥の部落に着いたがそこで医薬品が切れて医療ができなくなった。その時に部落の長老が言った。「ドクターたちのせいではない、わしらは神の仕業をとやかく言うほど不信心ではねえ。それどころか感謝の至りだ。こんなところに誰も来やしねえよ。こんなところで働いても、誰の目にもつかないもんな。おそらくあんた達くらいのもんだ。でも、本当はみんな知ってるんだ。誰が何をしたか、おえら方や外国人が何をしたか・・・」 治療してもらえなかった恨みつらみなどない。ここまで来てくれたことに感謝するアフガン辺境の人。この気持ちに報いるべく、中村医師は数年後にこの地を薬品を携えて訪れている。
 「命のねぶみ」と題した一説では、中村医師が苦渋の選択を強いられたことが書かれている。テロの爆弾でけがをした二人の若者が運び込まれた。怪我の程度は多少異なる。医者は中村医師一人。医療器具も医薬品も限られている。助けることができるのは片方だけ。アフガニスタンでは、怪我や病気で働けなくなると社会保障など無く、周りの負担になる。命が助かっても動けない状態では生きているぶん、その人本人と家族が不幸になるだけ。そこで中村医師は生きて働ける方の若者を助けるほかなかった。
 最後に結びの章で、アフガンの人々の生きざまを見て感じられたであろう、氏ご自身の言葉だ。
 「文明とは、欲望の再生産機構であり、人間の物欲と支配欲の組織化、その洗練された形態である。便利さと引き換えに、我々は多くの物を失った。便利で快適な生活を守るために、自他を痛めつけ、かつこの文明と称する苦悩の形態を輸出・拡大する。」
 「およそ伝統と呼ばれるものの核は、・・・人間が共通に『良し』とする合意が含まれ、『生きる平衡』とでもいうべきものを提供する。事実、進歩発展の名のもとに、このことが忘れられて伝統社会が崩れると、人々は平衡を失って暴走した。」
 中村医師はキリスト教徒であって、イスラム教徒ではない。宗教、宗派の問題ではない。彼は、アフガンの山に住む人々が伝統に従ってつつましやかに、人間らしく生きる姿を見て、我々が過去に捨ててきたものの尊さをそこに感じたにちがいない。人として大切な物を守りながら生きている人たちのために、同じ人間の同朋として力を尽くされている。敬服。