天天日記

中国好きのまっちゃんで、書いていたはてなダイアリーを引き継いでいます。

文法のこと

 昔から文法という学習科目が嫌いだった。言葉は使えればいい、というのが持論で、学習科目の中では好きだった英語も、文法は面白くなく、英語の学習方法は多読だった。それでちゃんと結果を出してきたので、基本的にはそれでいいと思っている。会話も慣れが重要。
 中国語も、会話教室で発音中心の練習をして、あとは実践でどう言えば通じるかやっていた。それで中国に一人旅をしても問題なく、向こうの友人とも簡単な言い回しではあるが、話をするようになった。
 しかし、日本語教師の勉強をしていると、外国人に教えるための日本語の文法というのがある。なぜそんなものがあるかというと、動詞を活用して言い回しを変えることを覚えたり、敬語や謙譲語など日本語特有の表現は、ある程度理屈で覚える必要があるかららしい。日本人が習う文法より、動詞の活用は音中心で分かりやすくなっている。それなら、そういうのを正式な日本語文法にすればいいのにおかしな話だと思う。
 要するに、色々な理屈があるのが文法で、言葉なので、これでなくてはならないというものが無く、言葉は変化するものであることから、限定的な定義はしにくいのかもしれない。
 嫌いながらも日本語、英語、中国語の文法を見ていると、その言葉の特徴がよく分かるような気がする。言語学というのは、そういう違いなどを見て、各国の言葉の特徴や系列を見るのだろうか。
 何でもいいから早く中国語もマスターし、日本語もちゃんと教えるということが出来るようになりたい。