天天日記

中国好きのまっちゃんで、書いていたはてなダイアリーを引き継いでいます。

白井そろばん博物館

 先日、田舎から送ってきた昔のそろばん塾の伝票。そろばん博物館にでも送ろうとここにも書いていたが、実際に千葉にある「白井そろばん博物館」というところに送ってみた。これだけど。

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 なにしろ自分が使っていたものなので、60年前のものであることは確か。同様のものがあれば破棄してください、として送ったのだが、なんと礼状が届いて、博物館の展示に加える由。よかれと思ったことはやってみるもんだな。

 そこは博物館だけではなく、そろばん塾もやっているらしい。そしてその塾の資料や博物館の手拭いなどが同封されていた。これが手拭い。

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パンフレットと絵葉書。

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 絵葉書は他にもあったが、そのはがきで事の成り行きを姉に報告しておいた。そして送ってきた封筒をよく見ると、切手がこのそろばん博物館の特製だった。

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 はがきや切手を見るに、どうもこのそろばん塾から世界暗算大会のチャンピオンが出ているらしい。由緒あるそろばん塾なのだろう。

 封筒の横は絵葉書の写真の一部。

 こういう世界で頑張っている人もいるのだ。と改めて、世の中の幅の広さを思った。自分が育ち、生活してきた職場や親せきがすべてだと思ったら大間違い。何をしていてもちゃんとやる人は、その世界で生きてゆけるのだ。

 それがそうでなくなった社会ではいけない。

 人命救助を仕事にしようと思って自衛隊に入った人が、海外に派遣される。

 社会保障制度がありながら、恩恵に預かれない人たちがいる。

 災害避難所で、ホームレスを受け入れないところがある。

 選挙制度はあるが、票の重みが地域で大きく異なる。

 三権分立といいながら、役所も司法も政権に支配されている。

 ちゃんとやっていてもおかしなことが起きる事象が、日本にいっぱいになってしまった。

 多様性とかい言うが、民主主義が正しく実現されなければ多様性はあり得ない。みんな同じ方向を向かされて、従わないものは落ちこぼれか。

 どうせなら皆で民主主義の方向を向いたらいい。但しこれは、簡単なことではないようだ。自己主張はすべきだが、単なる自分勝手を容認するものとは違う。基本は、誰もが幸せになる社会にするにはどうしたらいいか、自ら考えて共感できる人を信頼して選挙で選ぶ。市民自らも行動して意思表示する。選んだ政治家の動向はきっちり見守る、または見張る。意見の違いは、ちゃんと話し合いで合意点を探る。単なる多数決ではない。

 ところで、そろばん博物館の手拭いに数の単位が書いてあった。

一・十・百・千・万・憶・兆・京、この辺まではなんとなく知っていた。その先が、垓・𥝱・穣・溝・澗・正・載・極・恒河沙阿僧祇那由他・不可思議・無量大数

となっている。阿僧祇那由他はワードの漢字変換で出てきた。その右の不可思議や無量大数のように、言葉として認知されているのだろう。しかし「𥝱」という字は出すのに苦労した。部首で探したが、読みがないらしい。いったいこれらの単位は何に使うのだろう。こういうの使って何か考えている人もいるんだろうなあ。