「妖怪」司馬遼太郎
久々に司馬本を読んだ。司馬遼太郎本に凝っていた頃に買い置いてあった。読み始めて、歴史小説とは違って変った本だなと思った。時代は室町。応仁の乱の頃。
当時の今日の都には物のけが徘徊していた。などということが有るわけないだろう、と思うがこの物語はその妖怪に操られる人間たちの物語。読んでいて、語り口はいつもの司馬節で面白いのでサラサラと読んでしまったが、どうしてこのようなモノを司馬さんが書いたのだろうか、ということが解説を読むに至って分かった。
そもそもいつ頃の作品かというと、昭和42,3年ごろ。中国では文化大革命のあらしが吹き、既存の概念が否定されてしまう。フランスでは5月革命で、民主化の運動が盛んであった。時代の変革期であったといえる。
そして室町末期もそういった変革期にあった。中世の都は、都と言えども夜ともなれば今のように街灯やネオンが有るわけではなく、物の怪のはびこる余地のある空間であった。
従来の既成概念を打ち払う動きと、それを阻止しようとする勢力との争いは、ある意味魑魅魍魎たる世界が広がる。そういった様子をこの物語は描いている。
では果たして現在のこの世の中は、整然とした暮らしが保証されているのだろうか。というとそうでもない。原発事故のような、人類史上最悪の人災を起こしながら、誰も責任を取ろうとしない。こんなふざけた社会があるだろうか。北朝鮮では、頭の悪いガキ大将みたいなやつをもてあましているのではないだろうか。
本のページを繰りながらテレビを見ると、瀬戸内寂聴さんが震災にあった人達を励ましている姿があった。