今日の東京新聞のコラムは前川喜平さん。日曜の担当。掲題のように「日本国民は蒙昧の民か」と、昨今の状況を嘆いている。
これは安倍が辞めて、内閣支持率が上がったという信じられないことについての反応だ。魯迅の「阿Q正伝」の阿Qのような「無知蒙昧」ぶり、残念だけど
「元来日本人には理想なく強きものに従ひその日その日を気楽に送ることを第一になすなり」
と書いたそのころから日本人は変わっていない。
この支持率が作られたものでなく本当なら、国民はまさしく愚民であるし、捏造した数字ならマスゴミのひどさは語るに落ちた。
というのが現実だが、資本主義の終わりに際して、次はどのような社会がありうるのかを希望をもって、というか希望を捨てないで語る人たちもいる。一方でネトウヨや愚民のままでいる人間もいる。
安倍が辞めた後の体制についてワーストシナリオを次のように整理する人もいる。
こんな風になったら最悪だが、コロッと騙される愚民もいっぱいいるだろうな。
これを迎え撃つ野党の体制も固まってきた。変わり映えしないメンツだが、この野党合流に参加しない山本太郎氏のれいわ新選組は、着々と次の選挙に向けて候補者選びをしている。共闘するとすれば共産党ぐらいだろうか。解散総選挙が年内にあった場合は、候補者は目標の100人まではいかず、マックス50名で臨もうとしている。
民主主義を行うことは選挙だけではない、ということが広まりつつあるとは思うが、選挙で勝つに越したことはない。
既存の野党は、労働組合を存立基盤にしている。その労働組合は今や企業内組合で、私がいた元社も組合幹部になると出世すると言われたくらいで、訳が分からなかった。
愚民を作るのは、教育とメディアのせいだと誰か言ってたが、これもそうだろう。親の教育ってのが一番効くとも思う。親世代が無知蒙昧だと愚民が再生産される。反面教師となるほどワルな存在は沢山いてほしくないし、気づきがある子供になるかどうかは教育の問題。
それを思うにつけても軍隊をなくし、軍事費を教育に回したというコスタリカは素晴らしい国だ。日本もどこかで転換が必要だ。もう少し学習もしてみるか。