天天日記

中国好きのまっちゃんで、書いていたはてなダイアリーを引き継いでいます。

小さな親切

 昔、といっても相当なむかし。私が小学生の頃、小さな親切運動というのがあった。どんなことでもいいから1日に一つは親切をしようということだった。困っている人を見たら助けるとか。
 そういう運動があったということは、当時はみな親切ではなかったのかもしれない。まだ日本が貧しかった頃で、他人のことなど構う余裕もなく暮らしていた。そういう戦後社会が落ち着いてきて、少しはヒトのことも世話しろやとか、お互いに助けあってギクシャクしないようにしようとか、そういう余裕がではじめた頃だったのかもしれない。
 なんでこんなことを書いているかというと、今日は小さな親切をしたのだった。なんとかスタジオを探していた外国人旅行者に親切にしてあげた。背の高い東洋人の女性で学生くらいに若く見えた。新宿を歩いているとそんなことは何でもないが、今日は何国人か気になって聞いてみたら、シンガポールからきた人だった。
 それで納得。東洋人に見えるが割とはっきりした英語で話す。地図を片手に困った様子だったので声をかける時、何語で声をかけようか一瞬迷った。英語で声かけすると、返事が英語で返ってきたので会話は英語になったが、中国人かもしれないと思って尋ねてみたわけ。もしそうなら中国語に切り替えて練習してみようかと思ったところシンガポールだという。
 そこでシンガポールでは通常は何語で話すか尋ねると、即座に英語という答えが返ったが日常はmandarinも使うということだった。やはりそうか。マンダリンはプートンホアと同じようなもの「差不多」だろうというとそうだという。
 やはりそうか。シンガポールは、いい国になってきたし、言葉が通じるし、暖かい。シンガポールに住むのも悪くないと少し思っていたところにシンガポール人に出会った。こいつは春から縁起がいいわいな。
 小さな親切運動の話だが、最近また別の意味でこれは大切なことだと思う。困っている人がたくさんいるし。ただ、気まぐれの親切ではどうにもならない。困っている人に手を差し伸べるには、組織的な動きが求められる。