天天日記

中国好きのまっちゃんで、書いていたはてなダイアリーを引き継いでいます。

「白檀の刑」莫言

 この小説の舞台は山東省高密県だ。著者である莫言の出身でもある。ではこの小説は彼の幼時体験と関係があるな、と思ったらやはり多少はそうだった。少年期の体験から発想した小説とも言える。
 莫言は、我々とほぼ同時代の人。ということは文革を経験している人だ。それなりの大変な経験をしたことと思う。ろくに学校に行けなかったらしい。
 この「白檀の刑」という小説は、文中からは猫腔(マオチャン)という高密県の民間舞台芸能が元本としてあるように書かれているが、どうもそれ自体作りごとらしい。だが実際には茂腔(マオチャン)という同じ発音の芸能があった。茂腔というのは、想像するに一種の京劇のようなものだろう。京劇は北京地方の舞台劇芸能の呼称であり、地方ごとにその土地の同様の芸能があるのだ。広州には奥曲というのがあった。そういった由緒正しいものではなさそうだが。
 さてこの筋書だが、まず時代的にはこの高密県で清朝末期にドイツが鉄道を敷設した頃のことで、これに反対運動をした地元の人々の悲惨な出来事が戯曲を模して書かれいる。題名の白檀の刑というのは、当時の刑の一種で、最も残酷な死刑のやりかたということだ。このほかに凌遅とかいろいろ残酷な刑があったらしい。どれも死刑のやり方で、簡単に死なせないで時間をかけてゆっくり苦しみながら死に至らしめるという残酷なものだ。当然今では行われていない、と思う。
 中国の歴史を見るとかつて、争いに敗れた方は、恨みを買ってとても残酷な仕打ちにあったということがある。中国人とは人の命をそれほど軽んずる民族なのか、残酷な民族なのかと思うかもしれないが、ヨーロッパでも古代ではライオンと人間を戦わせた。ライオンに奴隷を食い殺させる様子を皆で観戦していたわけだ。要するに昔はどこでも残酷なことが行われていたのだ。そういうことが無くなったことは、人間の進化のひとつではないだろうか。
 刑の話の他に、中国的なおおらかな男女の関係が描かれている。物語全体が一人の庶民的美女の身辺に起った出来事だ。彼女の夫の父親は北京で長い間刑の執行を仕事にしていた。その父親が山東省の田舎に帰ってきていた。彼女の父親は猫腔の元祖というべき人で、一座を率いていた。また、彼女は高密県の県知事に見初められ、亭主がいながら不倫の関係にある。そして、猫腔の座長の父親がドイツの進める鉄道建設に反対する運動をして捉えられる。捉える立場にあるのが女性の愛人の県知事で、彼女の義理の父親と夫がその処刑役になるという複雑な関係。
 悲惨で残酷な場面が、人を食ったような言い回しで展開する。こういう文章はどのように評価されるか難しいところだ。著者自身「民間文化に親しみを抱いているような読者によってのみ読まれるであろう」とあとがきに書いている。私はその一人であるような気がする。彼の他の作品を、三つめになるが読んでみようと言う気になっている。