天天日記

中国好きのまっちゃんで、書いていたはてなダイアリーを引き継いでいます。

結果発表

 今日は8月6日で、広島に原爆が投下された日だった。日本はこういう被爆の経験があるにもかかわらず、適切な管理のできない原発を抱え、地震でボロが出たという感じだ。
 昨日は白内障の手術をして帰宅し、今更ながら眼を休めなくてはと思い、本を読むよりもテレビを見ることにした。そうしたらナターシャ・グジーという人が福島で演奏会をしている映像が写った。彼女はウクライナの人で、6歳のときにチェルノブイリ原発事故に遭遇した。家は事故のあった原発から3.5キロのところにあり、父親はその原発に勤務していたとのこと。
 日本に来たのは、福島で原発事故が起きたためではなく、もうずっと前から日本で活動している。即ち、チェルノブイリのような事故が二度と起きてはならないという思いを、歌とバンドウーラの演奏にこめてコンサートなどをやっていた。ところへこの事故。言葉が無かったそうだ。それでも活動を続けている。
 こういう一種の感動ものの番組を見ると、涙が出る。しかし、昨日は右目はメスが入った直後なので、塩分の多い涙などは流していけないのではないか、と思ってできるだけ左目で泣くようにした。(?)
 さてその手術結果はどうだろうと、朝早くからお茶の水の病院へ出かけた。厳重に封印されていた右目の眼帯は、先生の診断前に看護士さんにテキパキとはずされ、さくさく眼の周りを消毒してから視力検査だ。一番上の列だって見えやしない。一瞬愕然としたが、レンズを通せばしっかり見える。以前はいくらレンズを調整しても限界があった。手持ちの昔の眼鏡でよく見えるようになった。
 しかし、朝外に出たときに、眼帯の上に朝の光があたったときに、スキスキする感じがあったし、帰りの電車で明るい外を見るとまぶしかった。今まであった右目の濁りのようなものが取れたので紫外線がまぶしく感じるようになったのにちがいない。
 あまり多くを語らない先生で、私も細かいことは尋ねもしないので診察はすぐに終わった。要するに経過は良好であり、3日ほどキズの化のう止めを飲み。眼薬を4種類もさし続け、来週の中頃に再度点検をするとのこと。要するに白内障は治ったのだ。見え方は、先生の判断で「左目に合わせた近眼にします」と言っていたその通りになった。
 帰宅して鏡を見ると、まだ充血している。これが取れれば完治かな。今日から3日は飲酒は禁止。1週間ほどは、自分で洗髪してはいけないらしい。誰に洗ってもらえというのか?中国なら10元も出せば仰向けの椅子で丁寧に洗ってくれるので、毎日でもお願いしたい。
 来週の診察では、口数の少ない先生に色々と許可をだしてもらわねば。