天天日記

中国好きのまっちゃんで、書いていたはてなダイアリーを引き継いでいます。

沖縄を振り返る

 沖縄に新基地を作らせないという県民の民意を踏みにじって、辺野古の埋め立て工事が進められている。
 翁長前知事と、その意思を継いで立候補、当選した玉樹新知事も、選挙戦では「新基地反対、辺野古に基地を作らせない」を明確に公約として知事に就任している。

 そもそも沖縄は明治になるまでは、独自の文化と言語を持つ独立した国だった。それが、軍国主義の拡張路線をとった明治以降の日本に併合された。台湾や韓国併合の先駆けのようなことだったのだろう。その後、太平洋戦争で日本の敗戦の結果、戦後の日本の独立を維持するために沖縄を米国に基地用地として差し出した。この時、沖縄の住民はみな収容所に入れられていて、自分たちの土地を米軍に差し出すことに同意も合意もしていない。今も土地所有者の名義はそのままに、米軍が強制的に租借してる。
 しかも、沖縄は戦後27年間、日本でもない米国でもないという期間があった。米兵が住むのでドル通貨ではあったが、米国の州になったわけではなかった。それが1972年に返還されて今に至るが、基地はそのまま、むしろ日本各地にいた海兵隊を沖縄に集中させた。その結果、日本の国土の0.6%の沖縄に、在日米軍の70%以上が沖縄に集中する結果となった。
 そこへもってきて、新基地建設の話。理由は那覇市普天間基地が町中にあり、危ないから別の場所に移すということであるが、移転先をどうするかでは大きくもめた経緯がある。
 写真は、先月の28日に大隈講堂で開かれたシンポジウム「ジャーナリズムとアカデミズムに何ができるか」を聞きに行った際に、琉球新報から松元剛記者が持ち込まれた本を買い求めたもの。
http://d.hatena.ne.jp/mm3493/20181028#1540718347
 これは、表題の通り今年亡くなられた翁長前沖縄県知事の発言録であり、知事選前後から亡くなるまでに色々な場面で記者のインタビューに答えたり、あいさつのスピーチなどを収録したもの。なので録音された話し言葉のまま文字起こししているようなので、文章の体をなしていない部分があったり、同じことをいろいろな場面で話すのもそのままになっている。が、それでもその言葉から上記の内容を理解できた。
 辺野古という場所が選定されて、当時の仲井知事が承認してしまったのが、もう20年前のこと。今や米朝の対話が始まり、朝鮮半島は南北融和が進む状況で、相変わらず脅威論を盾に国民の税金で基地建設を進めようとする政府。こういう状態を翁長氏は政治の堕落と言ってはばからない。
 ひとり沖縄の問題ではない。民意を踏みにじる行為そのもが民主主義国家の政府のやることではない。日本の民主主義の在り方が問われている。いくつもある現象のひとつ、重大なひとつが沖縄の基地問題。そういうことが、翁長氏の発言からようく理解できた。